簡単酸辣湯

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材料

具(今回はサラダチキンときざみ海苔)

中華系調味料(今回は香味ペースト)

生姜チューブ

お酢

辛い味噌みたいなやつ(今回は豆板醤)

 

1.食べる器に飲みたい量の水を入れて鍋にイン

2.サラダチキンをインして火力オン

3.あったまってきたら、中華系調味料、生姜、豆板醤をイン

4.沸騰したらお酢を適当にひと回し

5.卵を食べる器に割って溶きほぐして鍋にイン

6.卵が固まったら器によそう

7.海苔をオン

 

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お好みで辣油かけると旨い。

 

全部適当だけどそこそこ旨いし、早く作れるし洗い物が少なくて済むので夜食におすすめ。

ますだと麻雀 その7

チャンピオンロードという大会があるのをご存知だろうか。

 

日本プロ麻雀協会が通年で行なっているワンダー大会である。当時の競技麻雀では珍しい赤ありオカありルールを採用していた。(ちなみに今もある)

 

そのチャンピオンロードこそが私が競技麻雀大会にハマった所以である。

 

チャンピオンロードには沢山の協会プロが参加される。それこそ横浜とはまた異なる空気感で、なんというか華やかな印象だったのを覚えている。

 

綺麗なお姉さんとスーツを着ている男子プロ。なんというかとても緊張した。

 

初めての参加の時、運良く私は準決勝か準々決勝まで勝ち上がった。

そして2人の女流プロと同卓する。

 

初めて参加し、結構良いところまでいって、目の前に女流プロ(当時の私でも名前を知っていた)がいるのである。

 

おわかりであろうか、とにかくすごく緊張したのである。

 

結果をいうと私はノーテンリーチをしてしまった。かなり打点もある良型の一向聴だったのだが、カンチャンが埋まったテンションの高まりと緊張からリーチしてしまったのである。

ノーテンリーチをして1巡内にそのミスに気付いた。

結構私は真っ青になってしまった。

 

その様子からなんとなく察してくれたのか、プロが鳴いて仕掛けて1000点で流してくれた。

チョンボにはならなかったもののそれからずっと引きずりそこで敗退したのだった。

 

とはいえ1日を通して楽しい経験だった。どの卓でもプロがいて、優しく接してもらったのが大きかった。

 

そして次に参加したチャンピオンロードでnpmに入会した。

 

 

 

ますだと麻雀 その6

大学受験を失敗し、いよいよ高校を卒業するその日、日本は未曾有の大災害に見舞われた。

 

東日本大震災である。

卒業式を終えて、謝恩会を校内でしていたときに地震が来た。

 

私たちは母がたまたま車で来てくれてたのでその日のうちに自宅に帰れたが、テレビから流れるショッキングな光景とACジャパンのCMぽぽぽぽーんを眺める日々。そして実はその頃から私は引きこもりになった。

 

とにかく外に出たくない、眠い、非生産的な日々のスタートである。

 

大学受験を失敗してしまったこと、その他いろんな要因があり、メンヘラを拗らせていた。

 

そんな時に母に誘われて行ったのが横浜雀友会の月例大会である。

その大会ではいろんな経験をさせてもらった。

 

そして大きな出会いが2つ。

 

1つは競技ガチ勢のアマチュアの方Kさんたちのグループである。

とても活気があって、家族一同セットをしてもらったり、麻雀を教わったりした。

Kさんの後ろ見をした時は今でも覚えてる。リーチを受けてから自分が想定していなかった手順で回り、タンピン三色ドラドラをあがりきったのだ。

まるで魔法を見てるようだった。

 

もう1つは初めて関わった麻雀プロとの出会いである。日本プロ麻雀協会の濱プロである。

1回だけ双子に麻雀のレクチャーをしてくれた。

濱プロは6巡目で一旦自分の手牌があがり切れるかどうか、考えること。その時の1つの指標が好形3向聴以上か、悪形2向聴位上等、当時の私たちにとって一番分かりやすい説明をしてくれた。

そしてその時をきっかけに押し引きという概念を知ったのだ。

 

今まで家族麻雀で切った張ったドラ乗せたできゃっきゃしてたのとはまた違った視点をこの2つの経験から学んだのだった。

 

 

 

RMUにたどり着くまではあと2回くらいかかるかなぁ。。。

ますだと麻雀 その5

その日は突然きた。

おじいちゃんの二度目の脳梗塞である。

 

脳梗塞はおじいちゃんから麻雀を奪っていった。

 

脳梗塞後も右手は動くし、座れる。

しかし、おじいちゃんが退院後初めて麻雀した時、チートイツの一向聴で誤ロンしてしまったのだ。

右脳の損傷により手配が7割程度しかわからない、そう言った状況だったのか、おじいちゃんがその日から麻雀をすることはなくなった。

 

我が家の全自動卓は隅っこに置かれ、卓の上には猫が寝ている、そんな日常に変化した。

 

そしてついに引越しとともに麻雀卓とさよならする日が来てしまったのだった。

 

 

それから3年間、私はとあるネトゲに夢中になり、24時間戦い、そして大学受験に失敗した。

 

これはまた別の話。

 

ますだと麻雀 その4

月日は流れ私達は中学生になった。

家も引っ越しして新たな設備が導入された。

 

それはパソコンである。

パソコンが来たことで、母はロン2を始めた。母に内緒でおじいちゃんがこっそり母のアカウントで麻雀をしたり、というお茶目な場面もあった。

 

また、この頃にはおじいちゃんがよく呼んでたメンバーで年間私設リーグが行われていた。

そんなこともあってか、我が家は初めて競技麻雀と出会う。

 

そう、機構杯である。

実は詳しくは知らない。

なぜなら知らない間にみんなで予選に行って、私から国士をあがったAさんがベスト16まで進んだとき初めて聞いたからである。

 

みんなで応援しに行こう!!という流れから双子は初めて競技麻雀大会の会場に足を踏み入れた。

 

 

と、大袈裟に書いたものの、正直その時は全然面白くなかった。静かにしていないといけないし、ベスト16の凄さもわかっていなかったから。

 

そんな中、母にいきなり色紙とペンを渡される。

😗「あそこに多井さんって人がいるから、ファンなんですって言ってサインもらってきて」

 

双子はよく知らない人にとりあえずファンです!って言ってサインを貰った。

母にどうだった?って聞かれたので

😊😊めっちゃいい匂いした!

 

と答えた。

 

そう、我らが代表多井隆晴である。

ちなみにその時もらったサインはしばらく雀卓がある部屋の一等地に飾られ、引越しとともに、残念ながら紛失した。

 

それから7年後くらいにRMUに入ることなど誰も想像していなかった。。。

 

 

禁酒チャレンジ総括

禁酒チャレンジ結果

23日中7日失敗。

3日に1回は飲んでる。

全然禁酒できなかった。

 

分かったこと

1.禁酒は難しい

2.禁じてると余計飲みたくなってしまう

3.飲んでしまった時の反動でめちゃめちゃ飲んでしまう

4.お酒を飲む場面が結構多いことを実感

 

 

禁酒してみて良かったこと

酔っ払って家に帰った後の迷走がなくなった

酔っ払った後の麦茶摂取やハイチオールシー摂取を忘れなくなった

 

気づいた改善事項

毎回翌朝鍵の所在がわからなくなるから鍵の位置を決めておく

 

 

そもそも禁酒した理由は帰った後家の中でいろんなアホなことをしてしまうのが原因だったので、それはなくなったので禁酒はやめて、1回あたりの飲酒量を減らす減酒チャレンジに切り替えていきます。