脳みその冒険

私が小学生の頃、それはまた妄想豊かな少女であった。

 

また、その妄想を豊かに、そして心広く受け入れてもらえる環境があったことを強く主張しよう。

 

私は妄想家であり、そして哲学者であった。

人は寝ている間、何をしているのか、それを真剣に考えていた小学生低学年の私。

 

結論として出たのが<脳みその旅>である。

 

脳みその旅、それは人が寝ている間、意識がない間、脳みそが旅立っているという仮説である。

 

当時の私によれば、人が夢見てるとき、それは脳みそが当事者となってその場面を浮遊しているというわけである。

 

しかし、夢を見ない日もある時は脳みそはどうしているのか、、昔の私はそれを脳みそも身体も寝ている状況と仮説を立てた。

 

人が死んだ時は、身体も脳みそも寝ている状況かつ、脳みそが体を見失う時であるとのこと。

身体がおきてて、脳みそが旅に出ている時は失神。

 

両方が死んだ時、それが本当の死だとした。

では、脳みその死とはどういうことか。

当時の私は、脳みそが旅立てなくなる時だと仮定した。

旅というフレーズは常に若者を放出させる。

つまり老いた旅人は存在しないということである。

当時の私はそう考えたが、さぁ、今寝てる時の夢を本当だと思えるだろうか。

 

 

以上酔っ払いの戯言である。

また酔っ払って時に昔の妄想話、笑いキノコの話でも書こうと思う。

 

 

最後に。

こんな私を応援してくれる皆さん、と言っても私には具体的な名前がぽつぽつ思い浮かぶのではありますが、

本当にありがとうございます。

また、私を応援して頂いても報われる日は来ない可能性高し、ということをご理解ください。

もともと期待してないかもですが。

 

ただ、本当に私はみなさまの応援のお陰で今日も頑張れてます。

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ありがとうございます😊